PINHOLE写真について
ピンホールは別名「針穴写真」とも呼ばれています。
板の節穴を通して入ってくる光が反対側の壁に像を結ぶこの現象を発見したのは哲学者のアリストテレス。
紀元前4世紀、木の葉の間を通過した光が地面に像を結ぶことを知っていたと言う事ですが、そのような時代にこの原理を理解していた人がいたなんて驚いてしまいます。
この原理を実際に芸術の分野に広げた人がいます。15世紀に登場する「レオナルド・ダ・ビンチ」です。彼は移動式の大きな部屋を作り、片方の壁に小さな穴を開け、その穴を通して入ってくる光が反対側の壁に映像を映し出すと、その映像を紙にトレースして絵画を制作したと言われています。
これは「カメラ・オブ・スキュラ」と呼ばれ、現在のカメラの原点とも言われています。ちなみにカメラとは「部屋」を意味し、オブ・スキュラとは「暗い」と言う意味で「カメラ・オブ・スキュラ」は「暗い部屋」を意味します。 カメラ・オブ・スキュラ」は当時の画家たちに大きな衝撃を与えました。
当時の画家たちは何故それほどまでに、壁に映し出された映像に興味を持ったのでしょうか。壁に映し出された映像は人の目に映る映像とは異なり、手前の建物は随分大きく、建物が遠く離れれば離れるほど小さく見えたのです。画家たちはこの新たな画角の発見に驚き、そしてそのことを画風として確立していきました。
「遠近法」です。
ルネッサンス以降は新しい芸術の幕開けの時代。「カメラ・オブ・スキュラ」はまさにそうした時代の中で広がっていったのです。
針穴写真はレンズがなくても像が写るわけですが、レンズを使用したカメラのように出来上がった写真は鮮明に写りません。鮮明に写るという点ではレンズを使用したカメラにはかないません。 しかしピンホール写真には、レンズ付きカメラにはない別の意味での「味わい」が得られるような気がします。
フィルムカメラやデジカメなどで撮影した写真は鮮明で記録用としては最適です。 一方のピンホールカメラで撮影したものはどこかピントが甘く感じられるようなぼわっとしたような写真です。でもこのどこにピントがあっているのかが曖昧な部分が、我々の心の中に秘めている映像、つまり「記憶的な映像」として感じられるのではないでしょうか。
その部分が「味わい」という評価になり、デジカメが発達した現在においても、ピンホールカメラは相変わらず人気が高く、愛されている要因がここにあると思われます。
では実際にピンポールカメラで撮影するにはどうしたらよいのでしょう。 現在では「学研」や「ポラロイド社」などから簡単なピンホールカメラが販売されていますし、材料は空き缶など身近な材料で自作することもできます。また一眼レフや使い捨てカメラなどを利用して作成することもできます。
僕の場合、ピンホールカメラはずいぶん前から、いろいろと試してきましたが、映像はボーッとしたものしか得られず、こんなものかなと思っていたら、あるときにホームページで写真家・田所美恵子さんの作品を見る機会がありました。「ピンホールってこんなにもきれいに写るのか。これが本当にピンホールで撮影されたものなのか」とそのクオリティの高さにびっくりしました。
彼女の展覧会が京都で開催されるのを知り、早速その展覧会を見に行きました。そのときからクオリティの高いピンホール写真を目指してあれこれ実験を始めました。 インターネットなどの情報から「穴の大きさ」が画質に影響することが詳しく記載されていました。それによると穴の大きさは0.2mm~0.25mmが適切で、それ以上大きくても小さくても鮮明な映像は得られないことが分かりました。
僕がそれまで制作していたのは、もっと大きな穴だったので、その分映像が不鮮明だったのでしょう。それで今回は0.2mm~0.25mmの穴を開けようと、東急ハンズで厚さ0.2mmの金属板を購入。(これ以上厚い板では光の屈折が変化してしまい鮮明に写らない、またアルミホイールのようなぺらぺらしている材質もだめでした)さらに金属板に穴を開けるキリと0.2mmの穴の大きさが確認できるスケール付きのルーペ、そして金属板に穴を開けた反対側の盛り上がった部分(ばり)を削るため2~3種類の粗さの異なるサンドペーパーを用意しました。
実際に0.2mmの正円を開けるとなるとなかなか難しいので金属板を多めに用意して何回も試しみたほうがよいと思います。穴の大きさをルーペで確認して、理想的な穴が開いたら、穴の反対側の盛り上がった部分を粗めのサンドペーパーでこすり、さらに細かなサンドペーパーで削っていきます。
穴が開いたら、カメラ本体にその板を取り付けます。今回本体として使用したのは不要になった4*5インチカメラの部品。この大型サイズのカメラの部品が実に今回ピンホールカメラを制作を制作するにあたり最適な部品でした。
露出時間の決定は、「絞り」に依存します。0.2mmの穴はカメラの絞りとしては換算すると計算上f280 程なのでこの値で露出を決めています。f280と1口で言っても普通のカメラはf32程度しか測れないので反射式の露出計を使っています。但しこの露出計には絞りがf90までしかついていないので(f90しかついてないと言い切ってしまうところがすごい!) そこから先は頭の中での計算です。
例えば露出計が5秒/f90のデータを提示したら、その3倍ほどの露出(15秒)を計算上与えてやります。実際の撮影時間は屋外の場合、ISO100のフィルムで10秒から20分ほどです。この撮影時間の違いは、太陽の光の量によるものです。昼間の明るい場所なら10秒程度ですが、光の入らない森の奥や夕方になると、時に数十分の露光時間が必要になります。
僕が大判カメラを使う理由は粒状性の良いシャープな写真が得られるからですが、もう1つの理由があります。 それは大判カメラを使うことで写真創世記の写真家たちの気持ちに僅かながら触れることが出来るような気がするからです。
20世紀の初頭にフランスに僕の大好きな「ウジェーヌ、アジェ」という写真家がいました。 画家のための下絵を撮影するために大判カメラを担いではパリの街を徘徊していました。パンと葡萄酒を買う僅かな報酬を得るための写真活動でした。
それから100年ほどの歳月が過ぎ、科学の発展と技術者の熱意で生まれた現代のカメラ。確かに現在のカメラは我々の生活の中に広く密着した存在となっています。 しかし、反面カメラとしての機能、性能、デザインが向上すればするほど原点にもう一度戻ってみたい、あのスローな時間の流れの中で写真を撮ってみたいと思うのは僕だけではないでしょう。
そうした意味からピンホールで撮影することは先人たちの気持ちに僅かながら近づいたような気がします。ピンホール写真カメラを担いで撮影に向かうとき、その不自由さは僕にとって逆にわくわくするような時間となっています。
「露出時間は何分?」「10分です」「じゃ、ちょっとその辺を散歩してくるか」・・・時の流れがゆっくり感じられる至福の時間です。
4*5インチのフィルムはカラーもモノクロもありますが、今回は先人たちの写真のイメージに近づきたいとモノクロフィルムを主に使っています。モノクロフィルムの面白いところは自分で現像をする事にあります。暗闇での作業も慣れると楽しいものです。
フィルムの現像は自分でやって、引き伸ばしはパソコンを利用して行います。 ここから先の行程はパソコンの方が自分のイメージに近い画像が得られるため、現在はフラッドベッドスキャナを利用してフィルムをスキャンしてデジタル化しています。デジタル化した映像をパソコンに取り込み、映像加工ソフト「フォトショップ」で濃度、コントラスト、色などの微調整を行います。
今回はモノクロのフィルムでありながらカラーモードでスキャンしてからモノクロ化しています。ただ簡単にモノクロになるグレートーンでは”味わい”のあるモノクロの色調にならないので、ここからモノトーンの奥深い世界を追求していきます。ダブルトーンの4版を使い、好みの色調に合わせ、さらにそれを微調整しています。
「針穴写真」について述べてきましたが、とても楽しい撮影方法なのでまずは気軽に撮影できる市販の教材などを使って始めてみてはいかがでしょうか。
宮城谷好是
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